子供の頃のこと

2009.06.29

子供の頃のこと6 「新歌舞伎座」

難波にある新歌舞伎座が本日を持って終焉し、上六に移転するそうだ。
建物の老朽化が移転理由らしいが、現在の建物はどうするのだろうか?
もし取り壊すなら、あの独特なデザインが街並みから消えるわけで残念な気もする。
あの周囲とは決して調和しないデザインは、僕の子供の頃の記憶にも鮮明な印象を残しているのだが……

子供の頃のこと…
難波駅前の近代的なビル群の中に突如現れる安土桃山風?の、異他的で時代錯誤感甚だしい建築物の存在感は強烈であった。
当然子供の僕は、この建物は一体何なんだろう?と興味を持ったわけだが、実態がよく掴めない。
買い物の折に前を通るだけで、信号待ちの短い時間で車の窓から観察しても中身までは分からず、そうこうする内に信号は変わり車は発進してしまう。
観察から得たのは、多くの派手な幟が並び、歌舞伎と名が付くのに歌舞伎の興行がなされているわけでもないらしく、古めかしいデザインなのに戦後の建築らしい、といった実態を掴めない視覚情報の数々!
更に、難波界隈の何とも言えぬいなたく妖しい雰囲気とその名前からいけない大人の街・歌舞伎町との関連性を疑われ、何となく親に尋ねるわけにもいけないような気がする…(*´Д`*)
そんなこんなで、新歌舞伎座の正体は遙かイスカンダルまで遠のき、子供の頃の僕の想像はどんどん有らぬ方向に進んでいった。

親にも聞けず、与えられた時間は信号待ちの間の僅か、あのブラックボックスの中では果たしてなにが行われているのか?

とはいえ、一度でも妖しげな方向に想像をするとそれは瞬く間に妄想となり膨れあがる一方で、

「デカ長…手持ちの情報を総括した結果、噂に聞く常夜の春大人のずんどこ体操、俗に言う男と女のぶつかり稽古が行われている可能性があります…。まぁ~いやらしい(/ω\)ハズカスィ~……難波、この欲望の街は愛すべき人々の心のネジまで緩めてしまうのか?次回、危うし!!子供デカ、戦え子供デカ!!新歌舞伎座を倒すの日まで!!」

といった結論に迷推理が行く着くまで、そう時間はかからなかった。
この推理に、建物の外観とその少し前にテレビの時代劇で仕入れた遊郭という未知なる情報が合致したこと、加えて道路脇の電柱に貼られていたテレクラの張り紙が大きな役割を果たしたことは、言うまでもない。

今となっては、その圧倒的に多い中高年の客層から、妄想を絶してマニアックでないかぎりそのようなことが行われている筈もないことは一目瞭然なのだが…

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.06.19

子供の頃のこと5 「大人の王国」

子供の頃のこと。

知人が夏休みを利用して千葉県は浦安市にある東京ネズミーランドに家族で行ってきたそうな。
案の定、あろうことかその知人は愉快なネズミのお友達を夏休みの絵日記に描き、休暇明けに提出しようとしたのだった。
あぁ、この馬鹿な知人は自分のしでかしたことの重大さに気付いてないに違いない。
自慢気に夢の王国について語る知人に対し、小学校5年生ながら薄々大人の事情を知り始めていた僕は、そんなことしたら訴えられて一家揃って路頭に迷うことになる、と大変冷ややかな視線をあびせたのだった。
僕は知っていたのだ、よい子のみんなは電車への飛び込みとネズミ~のお絵かきだけは決してしてはいけないことであるということを!
あぁ、彼はきっと次の日にはお父さんの突然の転勤が決まって東南アジアに転校して行くに違いない。
「子供のしたことだから多めに…」と開き直るかもしれないけれど、そんな理由が通用する相手じゃないんだよ、アメリカネズミ~は(;д;)
夢の王国を一歩出たら愛くるしいネズミは、フロリダマフィアも鬼哭するようなドスのきいた猫なで声で、「ぼうや、自分が子供って分かってるってことはもう立派な大人なんだよ( ^ω^ ) 大人はちゃんと罰を受け責任を取ることヽ(´▽`)/」と平然と告げるに違いない。
ネズミ~の正体は、その円らな瞳の下に$マークの瞳を隠した薄汚れたアメリカ資本家ネズミなんだよ…
キミは、漫画の主人公なら「どうやら、俺たちゃぁとんでもねー化け物に喧嘩ふっかけちまったらしいな」と言うに違いない相手を敵に回したのだ!!
そしてスカウターを使うまでもなく勝率は0%。
そんな今其処にある危機のことも知らないこの無知な小倅の軽率な行為のせいで家族はバラバラになるのだ!

といった危惧のもと問題の絵日記を覗いた。
……そこにいたのは画力と原始の心爆発ポロリ様が一匹。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.11.28

子供の頃のこと4  「ペンペン」

子供の頃のこと、悪事を働いたことがバレるとお代官様の裁きによってお尻ペンペンの刑に処せられたのだった。
御旗の下に集う某歌劇団が存在する某国では、お尻を叩くことと躾を施すことの間には明確な因果関係がなくそれは虐待に他ならないという意見もあるらしいが、僕の子供の頃にはそんな考えはなく、モンゴロイドにもかかわらず蒙古斑を打ち消すほどにお尻を紅くたぎらせていたものだった……(´Д⊂グスン

今となっては、お尻ペンペンされるにも、女王様のいるクラブに通いお金を払わなければならないわけで……何とも不便な階段を上ってしまったものだtyphoon

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.10.13

子供の頃のこと4 「違いの分かる子供編」

子供の頃のこと、コーヒーが好きだったcafe

父がコーヒーを入れようと言うと、僕は持ち場に飛び出した。
豆を挽くのは僕の係で、その報酬に小さなカップに入った一杯のコーヒーを小さな僕はせがむのだった。
コーヒーに砂糖をいっぱい入れ、冷めるのを待って一気に飲み干し、カップの底に飽和し沈殿した砂糖の残滓をペロペロと舐め取るのが常だった。

カフェインは子供に悪いという理由で頻繁に貰うことは出来なかったが、そのこと自体がコーヒーのステイタスを確実に向上させていた。
そう、確実にコーヒーには種々の魅力が詰まっていたように思う。
というのも、子供にとって最高価値とは大人だったのだから・・・

 

まずもってコーヒーは大人の飲み物だった(それ故、それを手にすることは大人になった気分を味わえた。勿論、苦いという感想は以ての外で、あくまで砂糖を入れた方が好きと言わねばならない。)し、コーヒーに刻印された得体の知れぬカフェインという名の禁忌はさらにそれを至高の存在者に高めていた。
そしてその大人性を帯びた至高の存在者であるコーヒーの本質を生成する豆挽きの仕事は、まさにその存在の生成の核を為すが故に神聖であり、大人社会への(しかも役立って)参加を可能にする存在意義を持った天職(Belufであった。
また、コーヒーという御旗の下に、普段禁じられていた砂糖の大量投下を可能にせしめ、そればかりかコーヒーに含まれるカフェインは大人たちに簒奪された夜の時間を子供の手に取り戻すのだった。

 
今思えば、コーヒーそのものに大した興味はなく、コーヒーを取り巻く諸々の存在者性と、コーヒーを吸った砂糖が目的だったのだが、たかだか数十㏄の内にそれら諸価値が充ち満ちていたのだった。
まぁ、欲張って親の目を掠めて砂糖を入れすぎ、沈殿というレベルではなく流石に甘すぎて飲めず胃を悪くするという失敗も多々あったけれど…

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.08.03

子供の頃のこと3 「水鏡」

子供の頃のこと、部屋の壁に大きな姿見が掛かっていた。
じっとその鏡を見ていると、「いつしか、もし何らかの条件が整った瞬間に、指を突き刺すように鏡面を触れたなら、指の先から円い波紋がたって、水に飛び込むようにその鏡の中の世界へ分け入っていける」のじゃないかしらん、と夢想していた。

残念ながら、未だその条件を発見できずにいるのだけれど・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.04.25

子供の頃のこと2 「禁句」

子供の頃のこと、その一言を口にしたら最後、この世から完全に突如として跡形もなく葬り去られてしまう禁断の言葉があるんじゃないか、と思っていた。


実は、今でもちょっと思い続けていたりする。
そして、今現在も世界の何処かで、その言葉を(知ってか知らずにしてか)口にしてしまったせいで消えてしまっている人がいるに違いない・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.19

子供の頃のこと1 「レプリカント」

子供の頃のこと、病院の検査で自分がアンドロイドであることが露見することを恐れていた。

だって自分がアンドロイドではない証明などできないもの・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)