さよなら
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
この数日、周囲の冷ややかな嘲笑を気にし摂取することが困難であったチョコレート分を取り返すべく勇躍立ち上がる。
少しばかり値崩れしたチョコレートを買いに強者どもの夢の跡へ。
寒風吹きすさぶ中、反-商業主義の旗印の下、起源であるルペルカリア祭を説き、ただただ「見栄じゃないんだ、僕は純粋にチョコレートを愛している、カカオが僕を呼ぶ声が聞こえるんだ」という思いに突き動かされて隣町まで自転車をこいだ汗と羞恥のバレンタインは遙か彼方、苦しき在りし日を思うと自然と涙が頬を伝う。
多感且つ情緒不安定なあどけない少年を誑かすチョコレート.....恐ろしい子、見つかったらどんな社会的制裁が待っているか分からぬというのに……その艶やかな黒いバディが憎い゜゜(´□`。)°゜。
しかし、チョコレートフォンデュを既に会得し、三択老子とも絶縁した今、一体何を怖れることがあろうか、否覇道の妨げるものは皆無である。
いくさ乙女たちが覇を唱えたキリングフィールドも今は昔、カレンダーが指し示すのはかの日のday after tomorrow、見回しても「おくれてごめんなさい」などと甚だ商魂逞しく打たれたバナーと先走りにも程があるホワイトデーの文字の勇み足が目につくのみで、縮小され閑散とした売り場はもはや恐るるに足らず、手早く品を見定め、唯一立ちはだかるレジの女性店員さえ凌駕すれば、勝ち鬨が自ずとあがることは想像に難くない。
微かな恥も、愛の軽さに反比例し重い十字架となる世知辛い義理チョコに比せば、実態のないわらしべ長者を生むこともなく称賛されて然るべきリスクマネージメント。
いっそ思いのままに買い占めて艶やかに部屋を彩りたいものだが、新種の箱庭療法?などと疑惑を向けられるのも難なので、耐え難きを忍び自重しさえすれば、ぐはははは(*゚▽゚)ノ
「バレンタイン・カードはいかがですか?」などという思いの他空気の読めぬ無神経な店員の奸計を自慢のアジリティでかいくぐり勝利を手にした今、安息地までの道すがら前をちょこちょこ歩くチョコレートを食べられない犬族への眼差しはab-grundな慈愛をたたえている。
弛緩する頬と口内にしとどと溢れてくる涎を堪え、路傍に黒く甘い香りと血の海が拡がることないよう交通車輌に注意を払い、帰郷が叶えば、幸福と鼻血の未来が見える(*゚∀゚)=3ハァハァ
パティシエ-大量生産、本命-義理……etc
チョコレートは千差万別、されど、チョコレートに貴賤なし。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
昨日届いた藤沢周平の『密謀』を読了。
物語は、安土桃山時代から関ヶ原の合戦までを舞台に、今をときめく義将・直江兼続と彼を取り巻く人々中心に展開していく。
ときめき過ぎて書店で買うのは躊躇われ、アマゾンで購入したのだが、にわかに直江を知り興味をもったわけではない(大河の影響がないとは言わないが…)。
僕にとって直江山城と言えば、漫画『花の慶次』の印象が圧倒的に強いのだが、それと重なるエピソードはほぼ皆無、作中に莫逆の友「前田慶次郎」の名は一度登場するのみで長谷堂城の戦いにもその名は出てこなかった。
また当然ながら史実に基づいてお船の方は妹ではなく、姉さん女房として登場する。
作品名の如く、大規模な戦闘場面は極力避けられ、事件に先立つ政治工作やその背景、兼続らを通した様々な登場人物の人物評が中心に描かれている。
また、影で兼続らを支える「与板の草」(諜報部隊)や牧兄妹らのエピソードが物語に幅を与えている。
兼続自体が勇将である前に上杉家の執政としての役割が強いため、上記のような描写が中心に来るのは当然で、そこに少年漫画の主人公である傾奇者が華々しく活躍する余地も当然なかったわけである。
時折登場し、時代を進める長々とした歴史的事実の描写は、事象に対して作者の斬新なアイデアが盛り込まれているわけでも取り立ててユニークな解釈がなされているわけではなく、史実の概略を既に知っているものとしては少々退屈してしまう。
更には、牧兄妹を登場させたのならもう少し本多正信を上手に有効利用できたのではなかろうか、まだ使える設定が放置されたままになっていると思ったのは気のせいだろうか。
全体として物語も、人物像(兼続・三成の視点から描かれる家康の人物像にしても山岡荘八の『徳川家康』一辺倒ではない現代においては…)もスタンダードで目をひくものはないのだが、それでもついつい読み進めあっという間に読了させたのは作家の筆力か……![]()
個人的には、歴史小説よりも江戸期の人々の風俗や心の機微を巧みに描いた「海坂藩」を舞台にした作品群や『蝉しぐれ』、『用心棒日月抄』シリーズなどの時代小説の方がユーモアを感じて好みかもしれない。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
今年の2月12日でダーウィン生誕200年。
生誕地の英国では偉人の業績を祝して記念行事などが執り行われいるらしいが、一方で米国ではCNNの伝えるところによると、世論調査の結果は同国において進化論を信じているひとは僅か39%(全く信じてない人は25%)にとどまっていることが明らかになったらしい。
主な理由は信仰上の問題で、昨年の調査では44%もの人が、「神が一晩のうちに人間を作り出した」と考えているそうだ。
南部などの保守的な信仰が色濃く残っている地域では学校の授業で進化論の取り扱いが問題になっている、という報道を度々耳にしていたが、想像していたより遙かに高い数字だ。
ここ数年、異なる文脈(根底において通底するのかもしれないが・・・)において、同国内における人々の2極化・分裂への危惧が盛んに叫ばれていたが、進化論を肯定する人々と否定する人々との間の対話による融和はより困難に思えるのだが……
肯定する側にどっぷりつかった人間からすれば、否定する人々はアマゾンの奥地に住まい独自の文化的生活を営む人々と同じぐらい差異を感じるのだが(※肯定・否定そのものに価値もその優劣もない。尤もある領域において支配的な価値観というものは当然存在するが・・・)。
確かに、旧来の伝統的価値観の内に住まい、それを維持しようとする人々にとって進化論など以ての外の、頭痛の種以外の何ものでもないだろう。
ことによると彼らが戦っていると信じている他宗教の原理主義者よりもたちが悪いのかもしれないし、コペルニクス以来の仇敵だろう。
彼らからすれば、ダーウィンが唱えた自然淘汰説、生物の世界の秩序はランダムな突然変異の中から自然淘汰が適宜に有用なスキームを選りだし進化してきたという考え方など、神を恐れぬ悪魔の所行に他ならないに違いない。
進化論を認めてしまえば、人は神に選ばれた存在でも、神によって創られた存在でもなくなり、世界は神の寵愛を失う。
もろもろの生物は人間のために造られたのではなくなり、人間は世界の中心から転げ落ちることになり、もはや神から人間へ至る道など跡形もなく消失してしまう。
適者生存、自然淘汰いずれも崇高さとはほど遠い。
そんなことになったら倫理的苦悩は計り知れず、これまで問う必要の無かった問題が次々と湧き上がってくることになる(例えば自己の存在理由、来歴etc)、問題は人類の祖先がサルであるか否かだけに留まらない…。
などと考えると進化論の否定に対して同情の余地がないこともない(少なくとも特殊創造説を教えろなどと言う輩に比べれば…)のだが、残念ながら昨今の科学が示すところに同情はないようだ。
天国は、罪によってではなく自然科学によって消失したわけだ。
形而上学批判の立場から見れば、旧来の宗教的伝統も自然科学もその内部で働いている動力は基を一つにするのだから皮肉なものだが…
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
時の流れとは残酷なもので、何時の間にやら2009年。
幼い頃自分が想像していた現在の僕と今の僕は、同一性も疑うぐらいに全く異なり、現在の僕を見たらさぞかし幼い僕はがっかりすることだろう。
なにせ現在の僕が現在の僕にがっかりしているぐらいだから…(´ρ`)ぽか~ん
先日見た映画『20世紀少年 <第2章> 最後の希望』では、愉快なおともだちが子供の頃に記した「予言の書」或いは「真・予言の書」を現在に再現していたけれど…
僕が幼い頃に見た映画では今年、
人類とゼントラーディ軍との間で第1次宇宙対戦が勃発(『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』)
し、来年には
特務機関ネルフが成立し、人類補完計画が発動(『新世紀エヴァンゲリオン』)
する予定であった(そもそもセカンドインパクも起こらなかったけれど)。
まぁ、東京都八千代市に巨大ザリガニが大量発生(『ゼブラーマン』)する可能性は無くは無さそうだけれど![]()
こうしてみてみると、予言や設定の類って起こらない方が良いことの方が多いわけで、幼い僕の想像も実現せず良かったのかも…
とはいえ、4年後の
宇宙帝国軍一等軍艦「るくしおん」進宙(『トップをねらえ!』)
には期待しないこともない。
因みに、人形使いが公安九課に捕まる(『GHOST IN TH SHELL 攻殻機動隊』)のは20年後。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
教訓:引っ越し準備はお早めに………(;;;´Д`)
絶好のネタなので当初は日記に起こさない手はないと思ったものの、当分思い出すのも…(時に癒されればその内書くかも)。
でも、まぁ、口からエクトプラズムが出そうになったのはいつ以来だろう![]()
早くも筋肉痛キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
『ジョジョの奇妙な冒険』の第四部に、
「フウウウウウウ~~~~ わたしは…子供のころ…… レオナルド・ダ・ビンチの『モナリザ』ってありますよね…… あの絵…画集で見た時ですね あの『モナリザ』がヒザのところで組んでいる「手」… あれ…初めて見た時…… なんていうか……その… 下品なんですが…フフ…… 勃起………しちゃいましてね…………」
という荒木飛呂彦にしか書けない卑猥かつ天才的な台詞が出てくる。
この史上最も有名かつエピソードに富んだ(1911年の盗難時、ピカソやアポリネールが容疑をかけられ逮捕されたり、日本への貸し出し時には50億の保険金がかけられたり。或いはデュシャンの『L.H.O.O.Q』やウォホールのコラージュなどの風刺画などなど…)肖像画であろう『モナリザ』はパリのルーブル美術館に飾られているわけだが、そのルーブルにて「小さなデッサン展-漫画の世界でルーブルを」という企画のもと荒木飛呂彦のイラスト原画が現在(~4/13まで)展示されているらしい。
モナリザにはEDだが、このイベントには男根崇拝ものだ。
更には、秋にルーブル特製コッミックが出るかもしれないらしい…( Д) ゚ ゚
事実ならば、是が非にでも欲しいが、どうやったら手にはいるのやら……![]()
現在の芸術作品と並んで、無数の漫画家やフィギュア造形師の作品が美術館に並ぶのも遠くない時代かもしれない。
また、現在開催されている札幌雪祭りでは第一部~二部のキーアイテムであった『石化面』がエイジャの赤石付きバージョンで今年も登場しているらしい!!
因みに、制作者は北区の会社員広瀬康一さんとあるが、これはネタなのか事実なのか、真実は小説よりも奇なりというが…( ゚д゚)ポカーン?
SPW財団にでも依頼されたのかしらん?
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
時は戦国、世は地獄。
ニーチェは梅毒、他者は地獄。
つづき。
・オオハシさん。パイレーツオブカリビアンあたりに出てきそうな容姿だが、体長の1/3はあろうかという嘴を見るに、誤用と分かりつつも「口先三寸(正しくは舌先三寸)」と唸りたくなるのは僕だけか?物怖じしないというかなんとも人なつっこい鳥で、腕に乗せて餌をやり触れあうことができる。御自慢の嘴だが、見ようによってはニューギニア高地人あたりのペニスケースを逆さまにしたように見えないこともなく、なんだか卑猥な鳥だなぁと思っていたのは内緒である。愛嬌はあるのだが![]()
・オオサイチョウ。この鳥も100円で触れあうことが出来るというか、この施設の鳥たちは基本的に触れあわさせられている。もし彼らの主な食糧が客が馴れ馴れしくも眼前に突き出す餌のみだとしたら、人見知りをする内気な性格の鳥はどうなるのだろう?まぁ、見るからにオペラ歌手のようにでっぷりとしてふてぶてしい身なりをしているこの鳥とは縁がない心配かもしれないが……。
・オオサイチョウ2。鶏冠のような頭部の一部が肥大している。正直なところ少々グロテスクである。彼はふれあいタイムを終えお休み中であった。だが、お腹が空き次第ただちにふれあいタイムが始まり食事に勤しむことになるらしい。ガチョウにかわることも遠い日ではないような気がするのは気のせいか?
・エボシドリ。烏帽子というよりは、知人某氏を思い起こさせるビジュアル系或いは少年マガジンお得意の『特攻の拓』あたりのヤンキー漫画に出てきそうな身なりの鳥である。後ろのお姉さんの顔がばっちり写ってたので処理したらえらいことになった![]()
・その他
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
一月某日、オリジナルなき複製時代の夢の跡・ポートアイランドの南部にある神戸花鳥園に行ってきた。
その名が示す如く花鳥を観賞しに来たわけだが、人工島に拡がる閑散とした埋め立て地や駐車場の混み具合を見るに収益的には「神戸苛重(厳しく重い様)園」が実情ではないかと思われる。
まぁ、そんなことは大きなお世話だろうし、見る側にとっては空いていることにこしたことはない。
・眉目秀麗かつ、いなせな流し目を送るフクロウ類。ミミズクはフクロウ類のうち耳角(耳)を持つものの俗称らしいが、明確な規定ではないらしい。
・何故か荒木飛呂彦的構図。スタンド攻撃に遭いそうだが何か悪いことをしただろうか……?まぁ飼われていること自体…![]()
・営業に疲れたのか、血液検査に打ちひしがれたのか、背中を丸めるペンギン。失礼な話だが、頭に飾りがないと下っ端に見えるのは気のせいか?あったらあったでペンギンの種類が異なりそうだが、ザク然り飾りは重要である。せめて赤く塗ってやろうか?……残念ながら餌やりで触れあう時間には早すぎた![]()
・ちびっ子と老人の前であられもないラブアフェアを見せつける二羽のAvec
おそらくセーヌ川の畔と勘違いなさってる御様子。時間が止まってるかの如く、愛の漣を交えることをやめない二羽には、嫉妬を覚えつつ、ボードレールの「恋愛とは売春趣味に他ならぬ だが、如何に高尚な快楽も売春には還元できぬ」という詩を送ろう。
・合鴨のローストが大好きだ
100円で餌やり出来るのだが、その際の鴨たちの高圧的な態度を見るに、むしろ彼らにとっては人間である客の方がいいカモのようであった![]()
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
最近のコメント