前回の続き…
『変ゼミ』を買うべきか否か…・・・
その行為を選択することにおいて―ちなみに、僕は連載誌の方は読んでないので中身は知らない。が、問題は帯のコピーにあるわけで、決断の気休めにはなっても中身は大して問題にならないのである―今僕は何かを試されている!
ここで引き下がってはおたく(?)としての沽券に関わる気がする。
この程度のことで引き下がったことが知られれば、きっとおた~くな知人からはいい笑いものにされるだろう。
普段なら迷うぐらいなら買っちゃえ~と思うが、今回ばかりは買うことによって何か大切なものを失ってしまう気がしないこともない。
たとえば、世間的な人としての尊厳とか……無論ハイデゲリアンならば頽落した世人として生きるのではなく本来的な自己へと決断をすべきなのであろうが、以後変態という十字架を背負って生きていくことには些かの躊躇いがあるわけで・・・・・・本来的自己と言えば聞こえは良い(?)が世間的には世捨て人なわけで…(・A・)イクナイ
そう……小心者にして自意識過剰気味な僕にとっては変態という十字架は余りにも偉大にして崇高すぎるのだ。
加えて、中身は大して問題にならないとは言ったものの、その内容を知ることもなく変態という称号を賭して決断するのは、勇気ではなく無謀という気がしないでもない。
そう、まるで某カルト教団の合同結婚式のようなものだ
ああ、それにしても憎きは、親切にして不親切な帯のコピーである。
「決断して『変ゼミ』をレジに持って行ったとしよう。コミックの裏面の帯にはでかでかと「I
H」とある。バーコードは裏表紙にあるのだから、支払う際それらの文字もやはり女性店員の目に留まることだろう。察するまでもなく、裏帯の「I
H」の「H」には性行為と変態という二つの意味がかけられていることが解るだろう。ということは、僕自身は決して変態ではなく変態行為について書かれた作品に興味があるだけにもかかわらず、その女性店員から僕は変態一派として認識される可能性が大いにあるわけだ……(;´д`)トホホ…
「そして店員内ではあの客は無類の変態であるという認識が知らずの内に蔓延し、以後この書店を利用する度に白い目で見られ、家族諸共後ろ指を指され、嘲笑されることになるかもしれない。老いた祖母が顔を隠しコソコソとスーパーで買い物をする姿は何とも忍びない
「別にポルノグラフィックな雑誌を買うわけでもないのに、三十路まっしぐらのいい大人であるにもかかわらず変態呼ばわり……別に盛りのついた中学生のように「少年勃ちや易く乳揉み難し」なんて叫んでいるわけでも妹を自分の膝の上に座らせて後ろから腰に手を回しその肩に頭を垂れて「もう少しこのままでいい……?」なんて呟く妹大好きの変態兄でもないのに、何をするにしても行為の原因は変態だから
という色眼鏡で見られるようになり、いつしか周りからは変態行為を期待されるようになる始末…もはやそんなことになれば期待に応えたくなるのが人情なわけで、荊の如き変態道を邁進するしかなくなってしまうではないか!?そして、人の噂も75日とは言っても、その間に尾ひれがついて知らぬ間に各種メディアから「あなたの街の変態さん」として取り上げられてしまうかもしれないのである……(〃゚д゚;A A゚Å゚;)ゝ ゚+:.
「ああ恐ろしい……あの時『変ゼミ』さえ買わなければ……あの時出来心で『変ゼミ』を買ってしまったばっかりに……『変ゼミ」…恐ろしい子……(;´Д`A ```
そんなこんなで『変ゼミ』を買うべきか否か…・・・前回から上記のことを妄想すること数十秒……僕は今、人生の岐路に立っているような気がする。
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
確かに進むべき道は妄想がかって見えやしないが、後ろに出来る道は「ときめき☆変態ロード」と名付けられる気がする。
詩は、
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちにさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守ることをせよ
常に父の気魄を僕に充たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため
と続くわけだが、間違いなく父には見られたくない状況であるし見られたところで父が心で泣いている姿は想像に難くない。
それに、こんな引用をされては高村光太郎も怒っているに違いないく・・・
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